第4回健康経営推進検討会から読み解く、2026年以降の健康経営のあり方
2025年12月16日、経済産業省で開催された第4回健康経営推進検討会では、健康経営優良法人認定制度や健康経営銘柄の今後の方向性について重要な議論が行われました。
認定を取得している企業も、取得を目指す企業も、今後の戦略を考える上で押さえておくべきポイントが数多く示されています。本記事では、検討会で議論された主要なトピックを整理し、弊社コンサルタントチームの見解も交えながら、実務に役立つ情報をお届けします。
健康経営の転換点 ―認定企業の増加がもたらす新たな課題―
健康経営優良法人の認定数は急速に増加しています。2024年度(令和6年度)の中小規模法人部門の認定数は19,841法人、2025年度の申請数は23,485件に達しました。2016年度の認定数が318法人であったことを考えると、9年間で約60倍に増加しています。
この数字が示すのは、健康経営が一部の先進企業だけの取り組みではなくなったということです。また同時に、「認定を取得している」だけでは差別化が難しい時代の到来も意味しています。
今回の検討会で登場したキーワードは「継続性」「独自性」「波及効果」の3つです。単年度の取り組みを評価するだけでなく、長期的視点で健康経営を推進し、その効果を社会全体に波及させていく企業をどう評価するか。これが議論の中心となりました。
検討会で議論された3つの重要トピック
1. 健康経営銘柄の「殿堂入り」制度創設
最も注目を集めたのが、健康経営銘柄における「殿堂入り制度(仮称)」の創設です。
現行制度では単年度の取り組みは評価される一方、継続的な取り組みについては十分に評価されていないという課題がありました。前回の検討会でも「継続して取り組む企業を評価すべき」「レジェンド的な制度があってもよい」といった意見が出されていました。
提案されている要件は以下の3つです
- 健康経営銘柄に通算10回以上選定されていること
- 当該年度も健康経営銘柄に選定されていること
- 地域や取引先企業等に対して健康経営の普及活動を行っていること
特に3つ目の要件が重要で、社の取り組みを継続するだけでなく、地域や取引先への「波及効果」が求められています。これは健康経営が一企業にとどまらず、社会全体に広がるべきものだという考え方の表れといえます。
2025年時点で通算10回以上選定されている企業は4社のみです。殿堂入り後はホワイト500の認定が継続される限り称号を保持できますが、その年以降の銘柄選定からは外れる設計となっています。より多くの企業に機会を与えつつ、殿堂入り企業には「健康経営の伝道師」としての役割を期待する制度設計といえます。
ただし、殿堂入りの具体的なメリットは現時点では明示されていません。弊社としては、これを過度にアピールするのではなく、長期的な取り組みの実績を示す証として位置づけることを推奨しています。重要なのは称号そのものではなく、その背景にある継続的な取り組みと組織文化です。
2. 企業価値向上に資する「テーマ別評価」の新設
もう1つの重要なトピックが、新しい評価軸の導入です。
これまでの健康経営度調査は総合点を競う形式でした。しかし「すべての項目で高得点を取ることは難しいが、特定分野では優れた取り組みを行っている会社」が十分に評価されないという課題がありました。
新たに提案されたテーマ別評価は、企業独自の取り組みに焦点を当てるものです。地域に根差したユニークな施策や、事業特性を活かした独創的な取り組みなど、独自性のある施策を評価する仕組みです。総合点では上位に入れなくても、特定分野で突出した取り組みをしている企業を顕彰する、いわば健康経営版の「特別賞」といえます。
弊社の勉強会では「人的資本経営における独自のストーリー作りと共通する考え方だ」という意見が出ました。画一的な「正解」を追求するのではなく、自社の強みや特性を活かした健康経営を追求する企業を評価する土壌が整いつつあります。
重要なのは、この制度が正式に導入される前から準備を始めることです。新しい評価軸ができてから取り組みを始めるのではなく、今から自社ならではの独自性を構築していくことが求められます。
3. 配点変更が示す「基本重視」の方向性
令和7年度の健康経営度調査では、配点が大幅に見直されました。
- 健康経営の実践に向けた土台づくり:9点→11点(+2点)
- 健康経営施策の効果検証・改善:7点→8点(+1点)
- その他の個別施策:8点→5点(-3点)
この変更が意味するのは明確です。個別の施策を次々と打ち出すことよりも、健康経営を推進するための基盤をしっかりと構築し、PDCAサイクルを継続的に回していくことが重視されるようになったということです。
「土台づくり」の具体的内容には、ヘルスリテラシーの向上、適切な働き方の実現、コミュニケーション促進、仕事と治療の両立支援などが含まれます。これらは基本的な取り組みですが、基本だからこそ徹底することが求められています。
また、KGI(重要目標達成指標)の検証について、戦略マップへの組み込みが推奨されており、すでに7割以上の企業が経年での検証を実施しているというデータも示されました。健康経営は「実施して終わり」ではなく、効果検証と改善が不可欠な取り組みとなっています。
無形資産としての健康経営という視点
さらに今回の検討会で登場したキーワードの一つが「無形資産」です。
資料では、健康経営を「人的資本経営の土台」と位置づけ、その効果として「無形資産(人的資本)の増加」を明記しています。従業員が心身ともに健康でなければ、スキルアップや能力開発、エンゲージメント向上といった人的資本経営の施策は効果を発揮しません。健康経営をしっかりと推進することで、人的資本の価値を最大限に引き出すことができるという考え方です。
この視点は、経営層への説明において有効です。「健康経営は福利厚生の一環」という認識から「健康経営は経営戦略の基盤」という認識へ。こうした意識変革を促すキーワードとして、「無形資産」「人的資本」は重要な意味を持ちます。
注目すべきは「POS(Perceived Organizational Support:知覚された組織的支援)」という指標です。これは従業員が「会社から支えられている」と感じる度合いを測定するものです。今回の調査では9割以上の企業が何らかの方法で企業風土の醸成状況を測定していると回答していますが、POSを活用している企業はまだ1割程度にとどまっています。
今後、POSのような科学的な指標を用いた健康風土の測定が推奨されていく可能性があります。「なんとなく雰囲気が良くなった」という感覚的な評価ではなく、数値に基づいた客観的な評価が求められる時代になっているといえます。
労働市場へのアプローチという新たな視点
今回の検討会で強調されたのが、「採用」「人材確保」という視点です。
これまで健康経営は、既存従業員の健康維持・向上や、投資家向けのIR活動という文脈で語られることが多くありました。しかし今回は、求職者へのアピールという側面が前面に出ています。
実は、健康経営の認知度はまだ十分とはいえません。資料によると、投資家との対話においても、健康経営を話題にしたことがない企業が3割存在します。資本市場及び労働市場における健康経営の認知度は低いと指摘されおり、認知度向上の取り組み強化が求められています。
特に注目すべきは、若年層への健康経営の浸透です。実際の調査データでは、転職者における健康経営の認知度は20代・30代の若年層が高いという結果が出ています。
資料では、大学との連携事例も紹介されています。鳥取県のインターンシップでは、企業の健康経営優良法人認定を「企業の強みや特色を感じることができる」着目ポイントとして学生に紹介しています。また、愛知大学では学生が健康経営の講義を受けた上で企業を取材し、その内容を就職活動を控えた後輩にプレゼンテーションする取り組みも行われています。
人材不足が深刻化する中、健康経営への取り組みは採用力向上の重要な要素になりつつあります。
実務に活かす5つの視点
ここからは、弊社コンサルタントチームの勉強会での議論を踏まえ、実務的な視点をお伝えします。
1. ストーリー性と評価指標の連動
弊社が支援している企業の事例では、評価指標に焦点を絞ったことが認定取得につながりました。以前は喫煙率を主要な指標として掲げていましたが、改善が見られなかったため、改善が見込める指標に絞り込み、過去からの取り組みの積み重ねと実際の成果を明確に示すことで評価を得ることができました。
単に施策を実施するだけでなく、「なぜこの施策に取り組むのか」「どのような成果を目指すのか」「実際にどのような成果が出たのか」という一連のストーリーを構築することが重要です。このようなストーリーを描くのには戦略マップを有効活用することを推奨しています。どのような成果を目指すのか、その指標は?から始め、その成果を達成するためにはどのような課題があるか、課題を解決していくための施策は何か、というような形で考えていくと、無駄な施策を行うことなく必要な施策をPDCAを回しながら運用していくことができます。
2.ウェイトの理解
健康経営度調査は4つの大項目に分かれています。
経営理念・方針(ウェイト30%)
組織体制(ウェイト20%)
制度・施策実行(ウェイト20%)
評価改善(ウェイト30%)
項目1と4のウェイトが特に高くなっています。つまり、「経営理念・方針」と「評価改善」ができていなければ、全体の得点は伸びないということです。個別の施策でどれだけ努力しても、経営層のコミットメントがなかったり、PDCAが回っていなかったりすれば、評価は頭打ちになります。
このウェイトの高い項目を押さえた上で、配点が高い項目に注力していく。こうしたメリハリのある戦略が必要です。
3. テーマ別評価への早期準備
「企業価値向上に資するテーマ別の取組の評価」は、まさに今が準備の好機です。この評価軸が正式に導入されてから準備を始めるのでは遅いでしょう。
今から、自社ならではの独自性のある取り組みを検討し、実践し、データを蓄積していく。地域の特性を活かした健康施策、自社の事業と連動した独創的な取り組み、従業員発案のユニークな健康増進活動など、どこにも負けない「強み」を今から育てていくことを推奨します。
4. 中小企業の強みの活用
検討会資料では、中小企業における健康経営の浸透はまだ進んでいないとされています。確かに数字だけを見ればその通りですが、実は中小企業には大企業にはない強みがあります。
それは「トップの声が届きやすい」ということです。大企業では経営層の意思決定が現場に届くまでに時間がかかりますが、中小企業では経営者が直接従業員に語りかけることができます。この距離の近さは、健康経営を推進する上で大きなアドバンテージとなります。
もちろん、取り組みが進まない場合は、地域の商工会や業界団体、地域の健康経営サポーターなど、利用できるリソースを活用することも有効です。
5. IRと健康経営の統合
興味深いデータとして、投資家との対話における健康経営の位置づけに関する調査結果があります。健康経営を企業の成長戦略やESG投資の一環として説明している企業が半数程度である一方、話題にしたことがない企業も3割存在します。
弊社が支援している企業の中には、健康経営を成長戦略の一環として位置づけ、企業価値向上や投資家への説得材料として活用しているケースもあります。重要なのは、健康経営を単独の活動として捉えるのではなく、既存のHRビジョンや経営戦略に沿ったストーリーの一部として組み込むことです。
まとめ:内部施策と外部評価をつなぐこと
健康経営は、企業の内部施策でありながら、外部からの評価にも直結する取り組みです。
採用や企業の持続性といった対外的な要素として機能する一方で、その実現には内部の施策を丁寧に積み重ねていくことが必要です。
ホワイト500の維持を目的とする企業もあるでしょう。しかし、本当に重要なのは、内部の取り組みをどのように外部の目的に結びつけるかということです。形式的な健康経営ではなく、従業員の健康が実際に向上し、それが組織の活性化につながり、最終的に企業価値の向上に寄与する。そうした好循環を作り出すことこそが、健康経営の本質といえます。
第4回健康経営推進検討会が示した方向性は明確です。継続性、独自性、波及効果。この3つを意識しながら、自社らしい健康経営を追求していく。それが2026年以降の健康経営のあり方ではないでしょうか。
執筆・監修
WellaboSWP編集チーム
「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画している者も所属している。
