2026年4月、治療と就業の両立支援が努力義務化|がんと働く時代の企業対応

2026年2月10日、厚生労働省が「治療と就業の両立支援指針」(令和8年厚生労働省告示第28号)を公布しました。改正労働施策総合推進法第27条の3の規定に基づく指針で、令和8年4月1日から適用されています。法改正により、事業主には職場における治療と就業の両立を促進するための措置を講ずる努力義務が課されました。

医療技術の進歩により、かつては「不治の病」とされたがんも5年相対生存率が向上し、「長く付き合う病気」へと変化してきました。治療を受けながら働き続けることが標準になってきた一方で、職場の理解や体制整備が追いつかず、離職に至る労働者も少なくありません。

本記事では、2026年4月に努力義務化された両立支援について、がん治療を主題に、指針が企業に求める内容と、実務現場で直面する課題を整理します。人事・総務・衛生管理者の皆さまが、社内制度の整備や個別対応を進めるうえでの参考になれば幸いです。

2026年4月、両立支援は「努力義務」に

両立支援で扱う健康情報は要配慮個人情報であり厳格な管理が必要であることを示し、明確な本人同意・アクセス権限の限定・電子管理の推奨という3つのポイントを整理したインフォグラフィック

ガイドラインから指針への格上げ

治療と仕事の両立支援は、2016年に厚生労働省が公表した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」が出発点となりました。このガイドラインは、平成30年3月の改訂以降「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」と名称が変わり、現行名称として定着しています。ただし、ガイドライン自体は行政文書の位置づけで、参考情報・推奨事項の性格が強いものでした。

2025年6月に公布された改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)は、事業主に対し職場における治療と就業の両立を促進するため必要な措置を講じる努力義務を課すとともに、措置の適切かつ有効な実施を図るための指針の根拠規定を整備しました。この規定を受けて、2026年2月10日に「治療と就業の両立支援指針」(告示第28号)が公布されました。指針が法令の委任を受けた文書として位置づけられたことで、これまでのガイドラインの内容が法令に基づく枠組みへと組み直されたかたちとなります。

出典:厚生労働省告示第28号「治療と就業の両立支援指針」(令和8年2月10日)/厚生労働省「治療と仕事の両立について」

労働施策総合推進法改正が意味すること

改正労働施策総合推進法第27条の3は、事業主に対して職場における治療と就業の両立を促進するため必要な措置を講ずる努力義務を明示しました。努力義務そのものに罰則は設けられていませんが、法的根拠を持つ指針が存在することで、以下のような変化が生じます。

  • 厚生労働大臣による指導・援助の対象化(実際の運用は都道府県労働局)
  • 労働組合や労働者過半数代表者からの取組要請の可能性
  • 労働災害や民事紛争での判断材料化

「努力義務だから何もしなくてよい」とは言い難い局面に入ってきたと考えられます。加えて、少子高齢化による構造的な人口減少のなかで、疾病を抱える労働者の離職を防ぎ、人材を確保することは経営課題そのものでもあります。法令対応と人材戦略の両面から、両立支援の整備が企業の持続可能性に直結する時代になってきたのではないでしょうか。

指針が示す基本姿勢

指針は、事業主が両立支援を進めるにあたって踏まえるべき留意事項として9項目を挙げています。本記事では、このうち制度整備の核となる主要5点を抜粋して示します。

  • 安全と健康の確保を最優先とする(業務により疾病が増悪しないようにする)
  • 労働者本人からの申出を起点とする
  • 両立支援は、個々の労働者ごとに事情が異なることを前提に個別性を重視する
  • 本人の同意を前提に、事業主・主治医・産業保健スタッフが連携する
  • 健康情報の取扱いは、プライバシーに配慮した厳格な管理を行う

指針の対象となる疾病は、国際疾病分類に掲げられている疾病のうち、医師の診断により増悪の防止等のため必要な治療を要するもの(負傷を含む)です。風邪のような短期間で治癒する疾病は対象外です。がん、脳卒中、心疾患、糖尿病、肝疾患、難病、メンタルヘルス不調などが、中心的な対象として想定されています。

がんと仕事を両立する社員の現実

通院しながら働く就業者が約4割、がん診断後に退職・廃業する労働者が約2割という現状と、2026年4月の法改正でガイドラインから法令に基づく指針へ格上げされ努力義務化された変化を示すインフォグラフィック

通院しながら働く就業者は約4割

厚生労働省「国民生活基礎調査」(令和4年)によれば、何らかの疾患により通院しながら働いている就業者は全就業者の約4割にのぼります。高血圧、糖尿病、脂質異常症といった慢性疾患から、がんの経過観察・化学療法・放射線療法を継続中の労働者まで、幅広い疾病を含んだ数字です。「治療しながら働く」ことは、もはや例外的な働き方ではありません。

出典:厚生労働省「令和4年国民生活基礎調査」

がん罹患と離職の実態

がんに限定した離職データも示唆に富んでいます。国立がん研究センターの集計(令和5年度患者体験調査関連資料)では、がん診断後に退職・廃業する労働者の割合が約2割と示されています。診断時点でショックから即断的に退職を申し出るケース、治療と仕事の両立が難しいと感じて退職に至るケース、職場の理解・支援体制が不十分で就業継続を諦めるケースなど、離職の理由はさまざまです。

逆に言えば、職場の受け入れ体制と柔軟な働き方の整備があれば、離職せずに治療を続けられる労働者は一定数存在するということでもあります。離職は労働者本人にとっても、人材を失う企業にとっても大きな損失です。両立支援の整備は、この損失を減らす取り組みそのものです。

出典:国立がん研究センター「患者体験調査」関連資料。なお若年がん患者(18〜39歳)では退職・廃業の割合が特に高く推移している

医療進歩で「働きながら治療」が標準へ

がん治療の形は、この20〜30年で大きく変わりました。化学療法は外来通院で実施されるケースが増え、放射線治療も多くは通院で完結します。手術についても、腹腔鏡手術や内視鏡手術の普及により入院期間が短縮されました。5年相対生存率も、国立がん研究センターの集計で1993〜1996年の期間と最近の期間を比較すると、多くの部位で改善が見られます。

医療の側で「働きながら治療できる」環境が整ってきた以上、職場の側も「働きながら治療してもらえる」体制を整備することが求められる局面になってきました。両立支援は、医療と職場の歩調を合わせる取り組みだと考えられます。

両立支援指針が求める事業者の責務

支援の進め方:指針が示す構造

両立支援を貫く5つの基本姿勢を示すインフォグラフィック。安全と健康の確保を最優先、本人からの申出を起点、個別性の重視、4者の連携、プライバシーの厳格管理の5項目を整理

指針は、両立支援の進め方を(1)から(8)の項目で整理しています。2016年ガイドラインの流れを引き継ぎつつ、法令根拠を持つ指針として示されたことで、手順が明確化されました。特に(3)で「事業主による就業継続の可否判断」が独立項目として明示された点は、ガイドラインからの重要な構造変更です。以下、主要な流れを整理します。

(1)労働者の申出と主治医からの情報収集(本人が事業主に支援を希望する旨を伝え、勤務情報提供書を介して主治医の意見を得る)

(2)事業主から産業医等への情報提供と意見聴取(主治医意見を踏まえ、産業医等が就業上の措置について意見を提示する)

(3)事業主による就業継続の可否判断(就業継続可能/長期休業が必要、の二分岐を判断する)

(4)就業継続可能な場合の措置の検討・実施(勤務時間・業務内容・配慮の具体化)

(5)長期休業が必要な場合の対応(休業開始前/休業中/職場復帰判断/復帰後措置)

指針はさらに(6)治療後の経過不良時の対応、(7)業務遂行に影響する状態が継続する場合の対応、(8)再発時の対応と続きます。短期完結型ではなく、治療経過の局面ごとに対応を設計する構造になっている点が、新指針の特徴と言えます。

起点は必ず労働者本人からの申出です。事業者側が先回りして「体調が悪そうだから働き方を変えよう」と決めることは、本人の意向を尊重する姿勢と逆行します。申出しやすい環境を整え、本人から声が上がったときにスムーズに支援プロセスが動き出す仕組みをつくる。これが最初の重要な整備事項です。

両立支援プラン・職場復帰支援プラン

指針は、支援を検討する際の「両立支援プラン」または「職場復帰支援プラン」の策定を推奨しています。両者の違いは以下のとおりです。

  • 両立支援プラン:在職継続型。通院しながら就業を継続する労働者を対象とした支援計画
  • 職場復帰支援プラン:復職型。休職後に職場復帰する労働者を対象とした復帰計画

プランの内容には、治療や投薬の予定、想定される副作用、必要な就業上の措置、勤務時間や業務内容の調整、フォローアップのタイミングなどを盛り込みます。本人・主治医・産業医・事業者の認識を書面で揃えることで、認識のずれを減らし、実行の段階で「話が違う」となることを防ぐ役割を果たします。

4者の役割分担

両立支援を円滑に進めるには、4つの主体がそれぞれの役割を果たすことが前提になります。

  • 事業者:就業上の措置を最終的に決定する責任主体。職場の体制整備、制度設計、産業保健スタッフの活用体制を整える
  • 労働者本人:自身の治療状況・体調を主治医・事業者に適切に共有し、必要な支援を申出る
  • 主治医:病状・治療経過を熟知している立場から、本人・事業者に必要な医学的情報を提供する
  • 産業医・産業保健スタッフ:主治医情報と職場状況の双方を踏まえ、就業上の措置に関する意見を提示する

このうち特に重要になるのが、事業者・主治医・産業医の三者の連携です。次のセクションで詳しく触れますが、三者はそれぞれ異なる情報と異なる役割を持っており、連携の設計次第で両立支援の質が大きく変わります。

産業医・事業者・主治医の三者連携について

なぜ三者連携は難しいのか

両立支援の現場には、構造的な難しさがあります。最終的に就業上の判断を下すのは事業者ですが、事業者は医学的判断の専門家ではありません。病状を最も熟知しているのは主治医ですが、主治医は患者の職場環境を直接は知りません。この両者のあいだで情報を翻訳し、就業上の措置について意見を提示するのが産業医の役割ですが、産業医は主治医ほど病状を詳しく把握しているわけではなく、事業者ほど職場運営の事情を詳しく知っているわけでもありません。

三者がそれぞれ異なる情報と異なる視点を持っていることが、両立支援の難しさの本質です。どこかで情報の翻訳が滞ると、本人にとって不利益な判断や、現場にとって非現実的な措置が決定されてしまうことがあります。

主治医・産業医・事業者の三者連携のジレンマと産業医の翻訳者としての役割を整理した図。それぞれが持つ情報と不足する情報を対比させ、産業医が両者を橋渡しする結節点であることを示すインフォグラフィック

主治医は病状を知るが職場を知らない

主治医は患者の疾病・治療経過について最も詳しい医学的知見を持っています。ただし、患者が診察室の外でどのような業務に就き、どのような職場環境で働いているかは、本人から聞く以外の情報源がありません。「重量物を持つ業務は避けてください」と主治医が伝えても、その職場で重量物を扱わない業務への配置転換が現実的に可能かどうかまでは、主治医には判断がつきません。

主治医意見書は、医学的な観点から見た就業可能性を示すものです。それをそのまま職場運営に落とし込むのではなく、職場の実情と突き合わせて翻訳する作業が必要になります。

事業者は職場を知るが病状を判断できない

事業者・人事労務担当者は、職場の業務内容、勤務形態、配置転換の可能性、就業規則の運用について熟知しています。一方で、疾病の病状・治療経過・副作用の見込みについては、医学的な判断をする立場にはありません。

主治医意見書を受け取った人事担当者が独自に「これなら働ける」「これは無理」と判断してしまうと、医学的妥当性を欠いた決定になるおそれがあります。逆に、医学的判断を恐れて何も決められず、本人の就業機会を実質的に狭めてしまうケースも見受けられます。

産業医の視点|翻訳者としての役割

産業医として両立支援に関わるなかで、自分の仕事は「翻訳」に近いと感じる場面が多くあります。主治医から届く医学的情報を職場で使える言葉に置き換え、職場の事情を主治医に伝わる形に整える。どちらにも完全には属さないからこそ、両者のあいだで情報の重心を調整する役割が産業医に期待されるのだと受け止めています。

主治医意見書を読み解く際の視点

主治医意見書を手にしたとき、まず確認するのは「書かれていないこと」のほうだと感じています。意見書には診察室で把握できる医学的情報が記載されますが、職場での具体的な業務負荷や勤務形態を知らない前提で書かれているため、「重量物取扱いは避ける」「残業は避ける」といった表現が、どの閾値を指しているのかは明示されないことが一般的です。

意見書を読み解くときに意識しているのは、以下のような点です。

  • 記載された配慮事項の医学的な根拠(治療スケジュールによるものか、副作用によるものか、疾病そのものによるものか)を読み取る
  • 配慮の時間軸(数週間の一時的配慮か、治療完了までの数か月か、長期継続が必要か)を推定する
  • 「就業可能」「就業不可」の二択ではなく、どのような条件下で就業可能かというグラデーションで捉える
  • 本人の就業希望が意見書の文面に反映されている可能性を踏まえ、医学的見解と本人希望が分かれうる余地を意識する

意見書の記述が抽象的で判断材料として不足する場合は、本人の同意を得たうえで主治医に追加照会をかけます。そのやり取り自体が、のちの両立支援の質を大きく左右すると感じています。

事業者・人事労務担当者への翻訳のしかた

事業者や人事労務担当者に産業医意見を伝える際には、「何が医学的に必要か」と「何が職場で実施可能か」の接点を探る作業が中心になります。医学的な制限事項をそのまま伝えるのではなく、職場の業務・勤務形態に落とし込んで提示することを心がけています。

具体的には、次のような工夫をしています。

  • 「重量物取扱い制限」を「〇kg以上の持ち運びは避ける」など具体的な数値・業務場面に置き換える
  • 「残業制限」を「週あたり残業時間〇時間以内」「定時退社」など就業規則で運用可能な形に落とす
  • 配慮事項に優先順位をつけ、すべてを同時に実現することが難しい場合に何を優先すべきかを明示する
  • 配慮の見直しタイミング(次回面談の目安、治療サイクルの節目など)を意見書内に織り込む
  • 実施が難しい配慮については、代替案を併せて提示する

人事労務担当者は医学的妥当性に踏み込んで判断することを恐れる傾向があり、必要以上に慎重な対応をとって本人の就業機会を狭めてしまう場合があります。産業医が「この範囲なら職場判断で進めてよい」と線を引くことで、担当者の意思決定を後押しすることも大切な役割だと考えています。

本人との面談で大切にしていること

本人面談では、病状や治療内容の確認以上に、本人がどう働きたいと考えているかを聞き取ることに時間をかけています。治療と仕事のあいだで悩む労働者は、職場での立ち位置への不安、同僚への負い目、将来への見通しの立たなさなど、医学情報だけでは捉えきれない要素を抱えていることがほとんどです。

面談で意識しているのは、次のような点です。

  • 本人の言葉で治療方針と今後の見通しを語ってもらい、本人の理解の深さを確認する
  • 職場の誰まで、何を伝えたいか/伝えたくないかという情報共有の境界を本人と確認する
  • 体調や副作用の自覚症状について、定期的に言語化する機会を設ける(面談の主機能のひとつ)
  • 「次の面談はいつ」を必ず合意して面談を終える(次回までの見通しが本人の安心感につながる)
  • 本人の不安に対し、先回りして結論を示すより、選択肢を整理して本人が選べる状態をつくる

産業医面談は、本人の医学情報を把握する場であると同時に、本人が職場復帰・就業継続の道筋を自分の言葉で描き直す場でもあると感じています。主治医・事業者のあいだで情報を翻訳する仕事は、最終的に本人のこの「自分の言葉で描き直す」作業を支えるためのものだと考えています。

がん治療と就労の両立で直面する実務課題

診断直後の社員への対応

がんの診断を告げられた直後の社員への対応は、両立支援のスタート地点として重要な場面です。診断直後は、本人が情報を整理しきれておらず、今後の治療方針や就業継続の見通しが見えていないケースが大半です。この段階で退職の意思を示す社員も少なくありませんが、治療方針が決まる前の離職は、後から見て早計だったと判明することがよくあります。

事業者として優先したいのは、いきなりの退職判断を避け、治療方針が見えるまで判断を保留する選択肢を本人に示すことです。休職制度、時間単位年休、時差出勤といった利用可能な制度を案内し、「制度を使いながら治療方針を見定める時間を確保する」という現実的な第一歩を提示できると、本人の安心感につながります。

治療スケジュールと業務調整

がん治療のスケジュールは、治療方法ごとに特徴があります。

  • 手術:入院期間が数日〜数週間。術後の回復期間は部位・術式により異なる
  • 化学療法:通常2〜4週間を1サイクルとし、複数回繰り返す。サイクルごとに体調変動
  • 放射線治療:平日連日での通院が数週間続くことが多い。体力消耗は後半に蓄積
  • ホルモン療法:数年単位の長期服用。副作用は治療法により様々
  • 免疫チェックポイント阻害薬:定期的な点滴通院。免疫関連副作用のモニタリングが必要

治療方法ごとに通院頻度・副作用の出方が異なるため、就業上の措置も画一的な対応ではうまく機能しません。本人と主治医から治療スケジュールを確認したうえで、勤務時間・業務内容・フォロー頻度を個別設計することが望ましいと考えられます。

副作用と就業上の配慮

がん治療の副作用は、種類・程度ともに個人差が大きく、同じ治療を受けても現れ方は異なります。よく問題になる副作用と、対応する就業上の配慮の例を以下に示します。

  • 倦怠感:労働時間短縮、在宅勤務・短時間勤務の併用、業務負荷の調整
  • 吐き気・食欲不振:休憩の柔軟化、静かな休養スペースの確保
  • 末梢神経障害(しびれ):精密作業・運転業務の制限検討
  • 感染リスク(好中球減少):在宅勤務、時差出勤による通勤時の感染回避
  • 脱毛:本人の希望に応じた服装・帽子等の配慮、外見ケアへの配慮

副作用の現れ方は治療サイクルのなかでも変動するため、一度決めた就業上の措置を定期的に見直すサイクルが必要になります。月1回程度の面談を通じて、体調と業務のバランスを調整していくアプローチが現実的ではないでしょうか。

復職後の再発・転移時の再支援

一度復職した社員が、その後に再発・転移の診断を受けるケースも少なくありません。この局面では、初回の支援よりも本人の精神的負担が大きくなる傾向があります。「前回の復職で職場に迷惑をかけた」という気持ちから、再度の両立支援申出をためらう社員もいます。

復職時に作成した両立支援プランは、再発時の対応のベースとしても活用できます。再発・転移の際にも同じ枠組みで支援を再起動できる旨を、事前に本人へ伝えておくと安心につながります。再支援の見通しがあることは、本人が治療に集中するための土台になります。

保健師の視点|面談で大切にしていること

(このセクションには、産業保健師としての実務視点を追記予定です。がん罹患社員との面談で意識している関わり方、副作用への配慮、本人の気持ちの揺れへの寄り添い方などを記述します。)

企業・医療機関連携マニュアルと両立支援カード

治療と仕事の両立支援カード

情報連携の摩擦を減らす両立支援カードを紹介するインフォグラフィック。従来の勤務情報提供書と主治医意見書が別々に存在する方式から、2024年導入の本人記入欄と医師記入欄が一体化した両立支援カードへの移行を対比

厚生労働省は、治療と仕事の両立支援のための情報伝達ツールとして、以下の様式例を公表しています。

  • 勤務情報を主治医に提供する際の様式例(事業者→主治医)
  • 治療の状況や就業継続の可否等について主治医の意見を求める際の様式例(事業者→主治医)
  • 職場復帰の可否等について主治医の意見を求める際の様式例(事業者→主治医)
  • 両立支援カード(本人記載欄と医師記載欄が一体化した様式、2024年3月追加)

両立支援カードは、勤務情報提供書と主治医意見書の機能を一体化させた様式で、本人が記入する欄と主治医が記入する欄が1枚にまとまっています。書類が1枚で完結するため、本人・主治医双方の負担が軽くなり、情報共有のハードルが下がる設計です。

出典:厚生労働省「治療と仕事の両立支援ナビ」様式例集

勤務情報提供書の作成ポイント

勤務情報提供書は、本人から主治医に渡す書類です。職場の業務内容・勤務形態・通勤状況を主治医に正確に伝えることで、主治医が医学的観点から適切な意見を提示しやすくなります。

作成時に盛り込みたい情報は以下のとおりです。

  • 職種・業務内容(デスクワーク、立ち仕事、重量物取扱いなど具体的に)
  • 勤務時間・勤務形態(所定労働時間、交代制の有無、深夜業の有無)
  • 通勤時間・通勤手段
  • 職場環境(屋内・屋外、暑熱・寒冷、騒音、粉塵等)
  • 利用可能な社内制度(休暇制度、時短勤務、在宅勤務等)

項目が抜けていると、主治医の意見書が抽象的な内容にとどまってしまい、職場での就業上の措置の検討が進みにくくなります。本人任せにせず、人事労務担当者が作成をサポートする体制があると、質の高い情報連携につながります。

主治医意見書の依頼と読み方

主治医意見書は、主治医から事業者に届く書類です。一般的な構成は以下のとおりです。

  • 症状の概要と治療の見通し
  • 就業継続の可否
  • 就業上の措置に関する意見(勤務時間、業務内容、配置転換等)
  • 治療に対する配慮(通院のための時間確保等)
  • その他の留意事項

意見書を受領した事業者は、記載内容をそのまま実行するのではなく、産業医等の意見を聴取したうえで職場の実情と突き合わせて就業上の措置を決定することになります。意見書は「最終決定文書」ではなく「判断材料のひとつ」と捉えるのが、指針の想定する使い方ではないでしょうか。

中小企業の両立支援|限られたリソースでできること

両立を支えるインフラとして社内制度の整備(柔軟な勤務制度・復職プログラム)と50人未満事業場の現実的選択肢(産業保健総合支援センター・地域産業保健センター・がん相談支援センター)を整理したインフォグラフィック

50人未満事業場の現実的な選択肢

労働者数50人未満の事業場には、産業医の選任義務がありません。産業医がいない状況で両立支援を進めるには、外部リソースの活用が鍵になります。指針も、50人未満の事業場では公的支援機関の活用を推奨しています。活用できる主な機関として、地域産業保健センターと産業保健総合支援センターがあります。両者は混同されやすいのですが、役割が異なります。

  • 地域産業保健センター(通称:地域窓口):郡市区医師会等が運営。50人未満の事業場向けに、健康相談や個別訪問指導を無料で提供する。日常的な産業保健活動の補完として機能する
  • 産業保健総合支援センター(通称:さんぽセンター):各都道府県に設置。研修・情報提供・個別相談が中心で、両立支援を専門とする両立支援促進員が配置されている

両立支援の具体的な進め方について相談したい場合は、主に産業保健総合支援センターが窓口になります。日常的な健康相談や健診後の個別指導であれば、地域産業保健センターが身近なリソースです。目的に応じて使い分けるのが実践的な運用になります。

産業保健総合支援センターの両立支援機能

産業保健総合支援センターでは、両立支援促進員が事業者・労働者双方からの相談を受け付けています。両立支援プランの作成支援、職場環境整備の助言、医療機関との連携支援などを無料で行っており、両立支援を初めて経験する企業にとって頼りになるリソースです。

両立支援コーディネーターの派遣制度も活用できます。両立支援コーディネーターは、労働者・主治医・事業者の三者のあいだに立って情報を整理し、連携をつなぐ役割を担う専門職です。中小企業にとっては、社内に専門人材を抱えなくても同等の連携機能を補完できる貴重な存在になります。

がん診療連携拠点病院の相談支援センター

全国のがん診療連携拠点病院には、がん相談支援センターが設置されています。がん相談支援センターは、患者本人・家族だけでなく、企業の人事担当者からの相談にも対応しています。「自社のがん罹患社員への対応で悩んでいる」という問い合わせにも応じてもらえます。

社会保険労務士、医療ソーシャルワーカー、看護師などの専門職が配置されており、就業継続に関する相談、利用できる制度の紹介、医療機関との連携方法の助言など、幅広い支援を受けられます。費用はかかりません。

就業規則・社内制度の整備

両立支援制度を就業規則に位置づける

両立支援を安定的に運用するには、関連制度を就業規則に明文化しておくことが望まれます。個別対応で乗り切るやり方では、担当者が変わるたびに運用が揺れ動き、社員間の公平性にも疑念が生じます。

就業規則で整備したい主な制度は以下のとおりです。

  • 休職制度(対象疾病、休職期間、休職中の処遇、復職要件)
  • 復職プログラム(試し出勤、リハビリ出勤、段階的復帰)
  • 時短勤務制度(期間、業務内容、給与処遇)
  • 相談窓口(担当者、相談方法、秘密保持)

柔軟な勤務制度

通院と両立しやすい勤務制度の代表例を挙げます。

  • 時間単位年次有給休暇:通院・検査のための短時間離席に対応しやすい(年5日まで労使協定で導入可能)
  • 時差出勤:混雑時間帯の通勤回避、午前中の通院への対応
  • 在宅勤務・テレワーク:体調に応じた勤務場所の選択、感染リスクの低減
  • フレックスタイム:日々の体調に合わせた労働時間の配分

すべての制度を一度に整備する必要はなく、自社の業務特性と社員構成を踏まえて、優先度の高い制度から順次導入する現実的な進め方で構わないと思われます。

復職プログラムの設計ポイント

休職からの復職時には、いきなり通常勤務に戻すのではなく、段階的な復帰プロセスを設計することが望まれます。

  • 試し出勤:復職可否を判断するための短期間の試行(無給)
  • リハビリ出勤:時短勤務・軽作業中心の期間を設けて徐々に戻す
  • 段階的復帰:業務量・業務内容を段階的に拡大する

プログラムの期間は個別に設計します。復職後1〜3か月は週1回、3〜6か月は月2回、6か月以降は月1回といった面談頻度のガイドを設けておくと、運用が安定しやすくなります。

面談記録と情報管理の留意点

両立支援で扱う健康情報は要配慮個人情報であり厳格な管理が必要であることを示し、明確な本人同意・アクセス権限の限定・電子管理の推奨という3つのポイントを整理したインフォグラフィック

センシティブ情報としての健康情報

両立支援で取り扱う情報は、個人情報保護法上の要配慮個人情報にあたります。病歴、身体的・精神的な健康状態、治療の経過、服薬情報などが該当します。これらの情報は、本人の同意なく取得・利用・第三者提供することが原則として禁じられており、通常の個人情報より厳格な管理が求められます。

また、労働者の心身の状態に関する情報の取扱いについては、厚生労働省「労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針」でも具体的な管理方針が示されています。両立支援の運用にあたっては、この指針の枠組みに沿った取扱いが基本となります。

アクセス権限と保管方法

健康情報を扱うにあたり、以下の観点での整理が必要になります。

  • 誰が閲覧できる情報か(人事部門、産業保健スタッフ、直属上司の範囲)
  • 紙で保管するか電子で保管するか
  • 保管期間はどのくらいか(退職後の取扱いも含めて)
  • 廃棄方法はどうするか

紙で面談記録を保管している企業でも、散逸や紛失のリスク、アクセス制限の難しさが課題になりがちです。健康情報を扱うにあたっては、アクセス権限を個人単位で制御できる電子管理の仕組みが、管理の確実性と運用効率の両面で親和性が高いと考えられます。健康管理システムなどを活用することで、両立支援プランや面談記録を一元管理し、権限に応じた閲覧制御を実現する運用が現実的な選択肢になります。

本人同意の取り方と記録の残し方

健康情報の取得・利用・共有にあたっては、本人同意の範囲を明確にしておくことが欠かせません。

  • 取得する情報の範囲(何を取得するか)
  • 利用目的(何のために使うか)
  • 共有範囲(誰まで共有するか)
  • 保管期間(いつまで保持するか)
  • 同意の撤回方法(本人が後から撤回できることの明示)

同意書には上記の項目を明記し、本人の署名を得る運用にしておくと、後日の紛議を避けられます。本人が同意範囲の変更・撤回を申し出たときの対応フローも、事前に決めておくことが望まれます。

まとめ

2026年4月、改正労働施策総合推進法と治療と就業の両立支援指針(令和8年厚生労働省告示第28号)が適用され、両立支援は事業主の努力義務として位置づけられました。ガイドラインから指針への格上げは、法令根拠を持つ枠組みへの転換を意味します。罰則のない努力義務ですが、法令に基づく指針の存在は、行政指導や事後的な責任追及における判断材料になってきます。

がんをはじめとする疾病は「長く付き合う病気」に変化しており、通院しながら働く労働者は就業者全体の約4割にのぼります。医療の側で「働きながら治療できる」環境が整ってきた以上、職場の側も「働きながら治療してもらえる」体制を整えていくことが、法令対応と人材戦略の両面から求められる局面に入ってきています。

両立支援の成否は、事業者・主治医・産業医の三者連携の質に左右されます。それぞれが異なる情報と異なる役割を持つからこそ、情報の翻訳と連携の設計が肝になります。50人未満の事業場でも、産業保健総合支援センターやがん相談支援センターといった公的支援を活用すれば、社内リソースが限られていても実効性のある支援は可能です。就業規則の整備、柔軟な勤務制度の導入、健康情報の適切な管理──ひとつずつ積み重ねていくことで、疾病を抱える労働者が安心して働ける職場に近づいていくのではないでしょうか。

執筆・監修
WellaboSWP編集チーム

「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画している者も所属している。

前の記事
2026年4月適用の高年齢者労働災害防止指針|エイジフレンドリーな職場づくりが努力義務化

2026年4月、高年齢者の労働災害防止のための指針が適用されました。労働災害の3割を占める60歳以上の労働者を守るため、事業者が取り組むべき5つの柱とリスクアセスメント、健康経営度調査との接続まで、労働安全衛生法の条文と厚労省資料に基づいて解説します。

詳しくはこちら

公開日:2026/05/15

次の記事
女性の健康課題と職場対応|女性も男性も、一般従業員も管理職も知っておきたい健康課題New!!

経産省試算で年間約3.4兆円とされる女性の健康課題による経済損失。月経・更年期・婦人科がん・不妊治療への企業対応を、産業医・保健師の視点と健康経営度調査の最新動向から解説します。

詳しくはこちら

公開日:2026/05/29