長時間労働とメンタルヘルス 睡眠時間に着目した研究が示す職場の対応
長時間労働とメンタルヘルスの関係は、これまで労働時間の長さを中心に語られてきました。月の残業が何時間を超えたか、過労死ラインに近いかどうか、という見方です。労働時間の管理はもちろん欠かせません。ただ、同じように長く働いていても、体調を崩す人とそうでない人がいます。その差を分ける要素のひとつとして、睡眠時間に着目した研究が報告されています。
労働者健康安全機構の過労死等防止調査研究センター(RECORDs)が、2026年6月に解説を公開した、病院勤務医を対象とした研究です。労働時間が同じでも、睡眠が確保できているかどうかで高ストレスや抑うつとの関連が変わる、という結果が示されました。人事・労務の担当者や、産業医・保健師が長時間労働対策を組み立てるうえで参考になる内容です。
研究の概要
この研究は、日本の病院勤務医232名(うち男性195名)を対象としています。一時点で労働時間・睡眠時間と心の状態を調べた横断研究です。元の論文は、労働安全衛生総合研究所が発行する英文の査読誌 Industrial Health に2024年に掲載されました。
分析では、対象者を2つの軸で4つのグループに分けています。ひとつは週の労働時間が80時間以上か未満か、もうひとつは1日の睡眠時間が6時間以上か未満かという軸です。週80時間という水準は、時間外労働でいえばかなり長い部類に入ります。
心の状態は2つの指標で評価しています。職場のストレス反応の程度は職業性ストレス簡易調査票で、抑うつの程度はCES-Dという調査票で測定しました。いずれも産業保健や疫学の調査で広く使われている尺度です。ただし、この研究での高ストレスの判定は、ストレスチェックで一般的に使われる高ストレス者の基準とは異なります。基準に該当する人数が少なかったため、対象者のストレス反応の得点を分布で区切り、相対的に高い群を高ストレスと定義しています。この点は結果を読むうえで前提になります。
4つのグループの内訳は、次のとおりです。労働時間が週80時間未満で睡眠6時間以上の人が118名で、全体の半数を占めていました。労働時間が長くても睡眠を確保できている人は25名にとどまります。労働時間はそれほど長くないものの睡眠が6時間未満の人も59名いました。労働時間が長く、かつ睡眠も6時間未満という人は30名でした。
研究で分かったこと
基準としたのは、労働時間が短く睡眠も確保できている「週80時間未満・睡眠6時間以上」のグループです。このグループと比べて、ほかの3グループで高ストレス状態や抑うつ状態との関連がどう変わるかを、年齢などの影響を調整したうえで分析しています。
結果を整理すると、次の表のようになります。数値は調整済みのオッズ比で、1より大きいほど関連が強いことを示します。
睡眠が6時間未満の2つのグループ(59名と30名)では、高ストレス状態、抑うつ状態のいずれとも、統計的に有意な関連がみられました。労働時間が週80時間に届いていなくても、睡眠が削られていればリスクが高まっていた、という結果です。
労働時間が週80時間以上でも睡眠を6時間以上確保できているグループ(25名)では、高ストレス・抑うつのどちらとも、統計的に有意な関連はみられませんでした。同じ長時間労働でも、睡眠が保てているかどうかで結果が分かれていたことになります。
この結果がもつ意味
長時間労働が健康に影響する経路のひとつは、働く時間が延びることで睡眠や休息の時間が押し出されてしまう点にあると考えられます。今回の研究は、労働時間の長さそのものよりも、その結果として睡眠が確保できているかどうかが心の状態と関連していた、と読み取れます。
睡眠が不足すると、疲労が翌日に持ち越され、回復が追いつかなくなります。この状態が続くと、ストレス反応や抑うつ症状につながりやすくなると考えられます。労働時間がある程度長くても、十分な睡眠で疲労を回復できていれば、影響を和らげられる可能性があります。研究の解説でも、医師の時間外労働の上限規制に加えて、勤務と勤務の間に一定時間を空ける勤務間インターバルの確保が挙げられています。
この視点は、長時間労働対策の考え方に幅をもたせます。労働時間の上限を管理するだけでなく、退勤から次の出勤までに睡眠と回復の時間が残っているかを併せて見ることが、実務上の着眼点になります。
睡眠の質という視点と健康経営での位置づけ
ここまでは睡眠の量、すなわち睡眠時間に着目してきました。睡眠を健康経営の枠組みで扱う際は、量だけでなく、睡眠で休養がとれている感覚を指す「睡眠休養感」という質の側面も併せて位置づけられています。厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、成人について6時間以上を目安に必要な睡眠時間を確保したうえで、生活習慣や睡眠環境を見直して睡眠休養感を高めることを推奨事項として示しています。睡眠時間には個人差があるため、6時間はあくまで目安です。就寝前のカフェインを控える、就寝の1〜2時間前に入浴して深部体温の低下を促す、日中に光を浴びる、適度な運動を習慣にするといった生活習慣が、睡眠の質に関わるとされています。
国の健康施策でも、睡眠は量と質の両面で位置づけられています。健康日本21(第三次)は、睡眠で休養がとれている者の割合を2032年度までに80%へ、睡眠時間が6〜9時間の者の割合を60%へ引き上げる目標を掲げています。経済産業省の健康経営度調査でも、睡眠は健康課題のテーマのひとつに挙げられ、仮眠制度の整備、睡眠時無呼吸(SAS)の検査、産業医による睡眠関連の指導といった施策が選択肢として設けられています。睡眠への取り組みは、長時間労働対策にとどまらず、健康経営の枠組みのなかでも評価の対象になっています。
研究を読むうえでの注意点
結果を実務に当てはめる前に、この研究の性質を押さえておく必要があります。
第一に、これは一時点の状態を調べた横断研究です。睡眠不足と心の不調の前後関係、どちらが原因でどちらが結果かまでは確定できません。睡眠不足がメンタル不調を招いた可能性もあれば、心の不調が睡眠を妨げた可能性も残ります。
第二に、対象が病院勤務医という特定の職種で、人数も232名です。勤務形態や働き方には職種特有の事情があり、結果をすべての業種にそのまま当てはめられるわけではありません。
第三に、労働時間や睡眠時間は本人の申告に基づくものです。客観的な記録とのずれが含まれる可能性があります。
こうした限界はあるものの、労働時間の管理に睡眠の視点を加える意義を示す研究として、実務の参考になります。
企業・産業保健への示唆
この研究を踏まえると、職場の長時間労働対策に睡眠の視点を組み込む余地があります。労働時間の上限を管理することと並行して、睡眠と回復の時間を確保する打ち手を整理します。
まず、長時間労働者への面接指導です。労働安全衛生法第66条の8と労働安全衛生規則第52条の2では、時間外・休日労働が月80時間を超え、疲労の蓄積が認められる従業員から申出があった場合などに、医師による面接指導を行うこととされています。この面談の場で、労働時間の数字に加えて睡眠の状況を確認しておくと、リスクの高い人を捉えやすくなります。睡眠時間そのものに加え、寝つきの悪さ、夜中に目が覚めるか、日中の強い眠気といった点を問診に含めると、睡眠の量と質の両面を把握できます。
勤務間インターバル制度の導入も対策になります。終業から次の始業まで一定の時間を空ける仕組みで、労働時間等設定改善法では事業主の努力義務とされています。空ける時間数は各企業が定める形ですが、睡眠と回復の時間を制度として残す点で、今回の研究の示唆と方向が一致します。今回の研究の解説でも、医師について勤務間インターバルの確保が挙げられています。
睡眠衛生に関する情報提供も、取り組みやすい施策です。就寝前のカフェインや画面の扱い、交代勤務時の仮眠の取り方などを従業員に周知することで、限られた時間でも睡眠の質を保ちやすくなります。これらは「健康づくりのための睡眠ガイド2023」に沿った内容です。あわせて、仮眠室やパワーナップ制度の整備、睡眠時無呼吸(SAS)の検査、産業医等による睡眠関連指導といった打ち手は、健康経営度調査でも生産性低下の防止策の選択肢として挙げられています。
深夜勤務や交代勤務がある職場では、シフトの組み方そのものが睡眠時間を左右します。連続する夜勤を減らす、勤務の間隔を空けるといった設計の段階での工夫が、睡眠の確保につながります。
ストレスチェックの活用も挙げられます。集団分析の結果を、部署ごとの労働時間や勤務形態と重ねて見ることで、睡眠が削られやすい職場を見つけやすくなります。労働時間・健診結果・ストレスチェックの情報を一元的に管理できる仕組みがあると、こうした重ね合わせの分析を進めやすくなります。
これらの打ち手は、いずれも労働時間の管理を否定するものではありません。時間の管理を土台にしたうえで、その先で睡眠が確保できているかを併せて見る、という二段構えの考え方になります。
長時間労働対策に睡眠の視点を加える
長時間労働対策は、労働時間を管理することと、その先で睡眠と休息が確保されることの両方で考えると、実務に落とし込みやすくなります。今回の研究は、同じ長時間労働でも睡眠が保てているかどうかで心の状態が分かれていたことを示しました。面談で睡眠の状況を確認する、勤務間インターバルを取り入れる、睡眠衛生の情報を提供するといった身近なところから、自社の対策に睡眠の視点を加えられます。
出典
Matsuura Y, et al. The association of long working hours and short sleep duration on mental health among Japanese physicians. Industrial Health. 2024;62(5):306-311. DOI: 10.2486/indhealth.2023-0174
(全文 PDF:https://www.jstage.jst.go.jp/article/indhealth/62/5/62_2023-0174/_pdf/-char/en )
過労死等防止調査研究センター(RECORDs)解説記事(2026年6月1日公開):
https://records.johas.go.jp/article/267
厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(2024年2月公表):
https://www.mhlw.go.jp/content/001305530.pdf
厚生労働省「健康日本21(第三次)」目標一覧(睡眠で休養がとれている者の割合、睡眠時間が確保できている者の割合):
https://www.nibn.go.jp/eiken/kenkounippon21/kenkounippon21/mokuhyou3rd.html
経済産業省「健康経営優良法人2026(大規模法人部門)健康経営度調査」:
https://www.meti.go.jp/press/2025/08/20250818001/20250818001.html
執筆・監修
WellaboSWP編集チーム
「機能する産業保健の提供」をコンセプトとして、健康管理、健康経営を一気通貫して支えてきたメディヴァ保健事業部産業保健チームの経験やノウハウをご紹介している。WellaboSWP編集チームは、主にコンサルタントと産業医・保健師などの専門職で構成されている。株式会社メディヴァの健康経営推進チームに参画している者も所属している。
